伝説なんて、怖くない


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器械体操の女子のみの種目に用いられる“競技用公式平均台”というのは、
幅10cm、長さ5m、高さ1.25m、
固定設置用のアンカーでもあろうごっつい支柱も含めて
総重量は 112s以上はあるそうで。
基本サイズの自販機くらいかな?
ちょっとしたアップライトピアノだと250kg、
白バイは色々な装備がくっつくので300sくらい。
ドゥカディは機種にもよるけどガソリン入ってて200sくらいと聞いたので、
小柄な中也さんでも操れるんじゃあ? 劇場版ではビルの壁を駆け上がったらしいし。

 …って、話が大きく逸れましたが。(おいおい)

それは妖冶な美女ながら、
片手でという木刀みたいな扱いで そんなデカブツを浮くほどの軽々掴み上げ。
何処の神話の鬼姫様か、はたまた人への怨嗟いっぱいな蛇神様か龍神か、
凄まじき憤怒に切れ長な双眸を今にも裂けそうなほど吊り上げて、
どんな極悪人でも震え上がりそうな、キレッキレの殺気をまとっていた妙齢のお嬢さん。
黒づくめの正装というのも、
この際は何やら秘密結社の関係者かも知れぬという素性を仄めかしており。
それらを統合して慮みるに、
自分の異能なんて比較にならぬだろう必殺の剛力の持ち主だというのは明らかだと、
流石に察したのだろう、帝都で暗躍中だった運び屋組織を束ねる異能力者のお兄さん。
ある意味無防備極まりない態勢、ただただ呆然としているばかりだったとか。

 『お釈迦様は生きてる象を投げる選手権で優勝したそうだぞ?』
 『…それって本当の実話なんでしょうか。』

そんな凄まじい怪力をさりげなく披露しつつ
このやかんづる野郎め、
ウチのかわいい敦をよくも攫おうとしやがってっと詰め寄らんとしていたおっかない女性の迫力に、
同じような心持だったらしい包帯まみれの美人さんが、
実はその内心でもっとえげつない対処をするする吐き出しかかっていたものの、
こういうことは出遅れると冷静に立ち返れるもので。
あっという間に毒気を抜かれたそのまま、
ほらほらあの子らを出した出したと、
埃でも叩き出すよに肩や背へ触れることで “異能無効化”を発揮させ、
取り込まれてしまった二人ほど、
あっという間に戻させたのもなかなか鮮やかな仕儀だった。
魔法か動画の逆再生か、
何もなかった空間へポンっという擬音がついてそうなノリで再び姿を現した少女ら二人。

 『キミが“ポーター”くんだね?
  異能はさしずめ“デイバッグ”ってところかな?』

どんな素性かも何をやらかしてたのかもあらかた把握済み、
さあさ年貢の納め時だよと、胡乱な輩に引導を渡しての、さて。
そんなこんなで、何を繰り出しても無駄だぞよと重々思い知らせてから
早速のように、少女らの片やへと鬼神様のようだった女傑がぎゅうぎゅうと抱き着いてしまい、
それへ、恥ずかしいですよぉと敦が照れたのは言うまでもなく。

 「だって、目の前で消えちまったんだぞ?」
 「中也さんも前科あるくせに。///////」 (さてもお立合い、参照)

それをおっかないと思ったんなら今の俺の心境も判るだろうがなんて、
感情的になっている割に即妙なことを言うところがさすが幹部様だったりし。
そんな微笑ましい情景を、
近隣住人の通報によって遅ればせながら駆け付けた駐在所の巡査がどう誤解したやら、

 『貴様ら、こんなお嬢さんたち相手に何をしたっ。』

助っ人だったはずが“これは敵わぬ”とばかり
結構な頭数の黒服男らが逃げてったのとは擦れ違わなかったのだろうか、と
こっそり黒の少女が小首を傾げていたが、
そっちは やはりこそりと呼ばれて詰めていた軍警所属の機動隊の皆様が
片っ端から確保したのだそうで。
そうまで周到だった女傑の皆様だというに、なんで俺らが無体したなんて言われにゃならぬと
そこはもはや反射的に“理不尽だ”なんて思ったらしく、

 『されたんだよっ
 『いやぁん、怖い〜〜。』

ヤダヤダまだ脅す気なのぉ?と
太宰辺りが白々しい声上げたところも もはやお約束である。(笑)
そんな白々しいやり取りののち、

 「さあ、厄落としだ♪」
 「そんな大仰な話でもなかったろうがよ。」

社への報告も終えての、さて。
暑い中ご苦労様ということで
そのまま特別有給を貰った実務担当だった国木田、太宰、敦の3人。
逗留先だったホテル内の喫茶ラウンジで、
愛しいキミとのおデート、もとえ、慰労会もどきのお茶会としゃれ込んで。
早速のように、問題の異能者を誰がああまで怯えさせたか、
取り込まれていたので知らないままだった敦や芥川へ、
太宰嬢がふふふ〜んと意味深な笑みと共にすっぱ抜いた辺りもいつもの流れ。
ちなみに、

 『国木田くんは、修行が足りないとかぶつぶつ言ってて、
  何でも顔馴染みの道場へ籠りに行ったらしいけど。』

女性でも生真面目さは変わらないらしい、探偵社の正義の具現。
マフィアへも融通利かせたところが飲み込めなんだか、それともそんな小心ではいかんと思ったか。
てっきり一緒に羽伸ばしするかと思った先達の不在にキョロキョロしていた敦なのへ、
任務明けのお休み、そんなハードな使い方にするらしいとは太宰から聞いた話だったが。
そんな先達とは方向性が真逆かもしれぬこと、

 『…あのあの、太宰さん?』

敦の場合、どうして異能で片づけないのかなと思うことがたまにある。
力づくでの敵陣突破には容赦なく、もとえ遺憾なく暴れてよしとされて投入される活劇担当。
されど、今回は微妙に例外だったが、
相手を物理的な力でねじ伏せるのはいいとして、
異能で封じたり捕縛したりは控えた方がいい場合もあって。

 『だって、異能者が犯人らしいからと、
  取り押さえる手勢にって見込まれる場合が多いのでしょう?』

軍警からさえ頼られる“武装探偵社”なのは、
なかなか手荒い手合いが相手の物騒な案件だからと見込まれて…というのが
表向きの建前となっているものの、裏を返せば
一般人では手を焼こう“異能者”が相手だからという場合が大半で。
緻密だったり奇抜だったりする作戦行動が苦手というのじゃあな…いや多少はあるかもだけど、
今回の件なんてのは、
非力な女性だと思わせるようなトラップなんて張らず、
とっとと引っ括ってしまった方が手っ取り早くなかったんじゃあ?なんて思ったらしい。

『ただ退治もしくは殲滅したければ、マフィアへ丸投げすりゃあいい。』

若しくは、異能の使いまくりで震え上がらせ二度としませんと念書を取るとかねと、
そこは乱歩さんも認めるところだったそうで。
軍警にだって とんでもない級の異能部隊があるくらいだ、
可及的速やかにどころじゃあない、瞬殺級での対処が急がれる場合は
そういった強引な策も取られるのだろうけれど。

『ウチへの依頼の場合、
 軍警や市警からものは、公判へ持っていきたいとする案件への捕縛依頼だからね。』

例えばボクの推理で導いたこと、キミらは一も二もなく納得するけど、
初見の人間にはそうはいかない。
一からという初手からのあれこれを揃えの、経過を解説してやりの、
くどいほどの途中式を敷いて導いて遣らなきゃあならない。
そこには実証という格好で、裁判員らにも判るような“経緯”も揃えにゃあならなくて。

『軍警向けの実況検分はともかく、
 法廷での審議で、異能で飛ばしました消しましたじゃあ通らないだろうから。
 辻褄合わせをするのだろう担当さんへあまり負担を掛けぬよう、
 不思議な現象はなるたけ抑えた方がいいのだよ。』

『そうなんですか。』

いまだに公式の場で認められていない異能力。
だからこその壮絶だったり残虐だったりするよな事件を、
なのに今のところはそうと報じられないところが困りもので。
社会的な地位がある相手でも不公平なく
有耶無耶にしないで裁きたいとする案件である場合、
なれど相手の犯行を追求するにあたって、摩訶不思議現象が挟まる部分をどうしたものか。
公開されない格好の司法取引で、異能による部分を塗りつぶしたり、
見学者を身内で固めて公判の次第自体を外へ漏らさぬようにしたり、
涙ぐましいあれやこれやを駆使しなけりゃならぬ。
異能特務課の皆様は、今回もまたその辻褄合わせに頭を悩ませ、
何週間も帰れない徹夜の日々を送るのだろうて。
そんなやり取りがあったこと、中也にも一応聞いたところ、
まま手前らの立場じゃあしょうがねぇなというお返事で、

 「面倒くさいのな、相変わらず。」

そうと言いつつ、だがだが、
そういう面倒な仕儀を踏むことも健全な社会には必要なこと、
さすがに中也も重々判ってはいるのだろう。
正面に坐していた元同僚嬢の色々と含んでいそうな訳知り顔を見やると
あざといこともやらかす癖に忌々しいと目許を眇めたが、
腹が立ったそのまま席を立つでなし
やや鼻息荒く馬鹿にしたよな言いようをしただけだった。
膝の上ではこそりと、磯しい虎の子の白い手を弄んでもおり、
そういう正直ものなところがまた、微笑ましいやら嬉しいやら。

 「えっとぉ。////////」

真っ赤になって口許うにむにたわませてしまった、虎の子ちゃんだったそうな。




     ◇◇


ややこしい事件も片付いてのさてさてと。
街角でのフェイントがらみな待ち合わせの後、
虎の子ちゃんとマフィアの姐様のこちらもこちらで
あまりの暑さから、早々に中也のセーフハウスの一つに運んでおり。
ブランチには腕に縒りかけて何でも作ってやるという、
それは嬉しいお誘いがなくてもついてったろう白虎嬢。
リビングのローテーブルにあった、どこぞかの劇場のパンフレットが目に入り、
それへプリントされた絵画に視線が止まる。

 “あ、これって…。”

つい最近に目にした結構有名だという作品で。
こういうことはこの人に訊けの 太宰さんに訊いたら、
一瞬目を見張ってから、
おやおや敦くんたら、思春期なのねぇなんて、
ちょっぴり意味深な笑い方されたのだっけ。

「お〜い、何してる。」
「あ、は〜いvv」

お邪魔したフラットは、これまでにも何度かお邪魔している空間で、
間取りも一応は把握済み。
なので、コートラックへカンカン帽とバッグを提げると、
ちょっとお行儀は悪かったが
お尻の側へと片足ずつ持ち上げ、ケンケンしつつ靴下脱いで
中也の声のした方へぱたぱたと向かう。
湯舟へも湯を張っているものか、
ほのかに水の香とそれを覆う甘い香りがあふれてくる其処は、
いわずもがなのお風呂場で。
ひとまず汗を流そうと、お誘いの声がかかるのもいつものこと。

 “いやあの、ちょっとは恥ずかしいんですけど…。///////”

中也さん、こういうところもあっけらかんとしてるっていうか。
いやいやいや、女同士なのだもの、照れる方がおかしいんだってば。
きっとあれだよ、ボク、中也さんが大好きだから
それでついついいつまでも意識しちゃってて恥ずかしいんだな、うん。

 ……なんて、誰へのそれか言い訳が忙しい虎の子ちゃんだったりするのである。






to be continued.(18.06.15.〜)




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 *あうあう、もっと時間が欲しい…。
  ブツ切れで書いてるからか、話が長くなってかないません。
  ただの終盤になるはずが、こっから何章あることやらですね。
  後始末篇として区切った方がよかったかなぁ…。
  もちょっとかかりそうです。